拓美は、諦めたようにソファに座りなおし、咳払いをした。 とりあえず、爽達を同じように椅子に座らせるよう促して、ゆっくり話し始めた。 「・・朗が、あの組のやつのお気に入りっちゅーんは・・知ってるんやろ?」 爽はケニーと顔を見合わせてから、改めて拓美を見て頷いた。確かに、“さつき”という女性に聞いた話では、 「あの子、お気に入りなのよ。京鷹秀弥の。どういった感情で彼を見てるかは私には分からないけど、異常なまでの執着って言えるんじゃない?」 と言っていたことを思い出す。 「じゃあ、特に話すこともないやん・・今回のこともその“お気に入り”が怪我したことで起こったことや」 拓美が話す内容は、爽達が息を飲むほどのものだった。 ただ単に絡まれている女性を助けたと思っていた例の女性は、以前海斗に対して刃物を振り上げた女性であり、 絡んでいたのは、“京鷹秀弥”の差し金であったこと。そして、それは朗に怪我をさせた理由からというものだったこと。 「じゃあ、あの時この僕が彼女を見つけていなかったとしたら・・」 爽がたまたま彼女の姿を発見したおかげで、海斗達が彼女を無事救い出せた。 朗自身も、この真相を知っているはずだと、拓美は語る。 拓美はそれだけ話し終えると、そのままCOLORを後にした。 残った爽、ケニー、仁は無言のまま、静かな店内となった。 「では海斗の“借りは返した”というのは、あの女性を助けたってことだったんですねー」 ケニーは、ぽつりとそう言った。仁も「世界は狭い・・」とただ一言呟き・・また静かな店内に戻る。 こうして、今日の一日は幕を閉じた。 それからのCOLORとSINGLEの業績は急激の低下を見せた。暴力沙汰となった店に通う客は少なく、 来る客といえば、本当に長い間足繁く通っていた常連客。それさえも、今や危うい状況にあった。 SINGLEは、COLOR以上の停滞であっても、決して店は閉まらなかった。 おそらく、後ろ盾に“京鷹”の存在があるからだろう。 「このままじゃ、ここもいつまで持つかだね・・」 爽は店内に飾られたしおれた薔薇を一つ手にとって、そう呟いた。 爽以外は、少ない女性客を一心に相手している。 その女性客達も、高い酒を注文することなく、1時間ほどで去っていった。 店内に客が誰もいなくなり、自然と爽達はソファへとかけ、黙り込む。 姿がないのは、店長の見舞いに行ったままのちこと花梨だけだ。 ただ沈黙だけがそこにあり、時計の針の音が店内に響く。そんな時が、数分経った時だった。 店の扉がバンッ開き、 「やあー!皆、元気にしてたかい?」 勢いよく入ってきたのは他ならぬこのCOLORの店長、彼方だった。相も変わらず着ぐるみを装着して。 「何だい、皆、テンションが低いなー!」 一人元気な彼方を見て、唖然とする爽達。そして、その勢いによって、海斗がゆらりと立ち上がる。 「この・・・くされ店長・・!!」 バシッと彼方の襟首を掴んでは、殴りかかろうとする海斗。ケニーは慌てて、海斗をがしっと捕まえ、 「ストーップです、海斗!これ以上警察ザタはやばいでーす!」 「海斗くん落ち着いて!このマングース着ぐるみ高いんだから!」 ケニーのフォローをよそに、彼方は全く前と変わらぬままだ。そんな光景が、爽は少し懐かしく、そして嬉しく感じた。 COLORの店の雰囲気が・・ただこの一人の男が帰ってきただけで戻ってきたように思えたからだった。 「お怪我はもういいんですか?」 爽は彼方の前に出て、そう尋ねた。彼方は、海斗に掴まれた少し伸びた襟首を直しながら、笑顔で答える。 「うん、バッチシさ!それよりも、君達に紹介したい子がいるんだよ、ほら、入っておいで」 カタンッと先ほどの彼方が開けた勢いとは正反対の弱い力で扉が開く。そこに立っていたのは、朗だった。 いや、朗だけでなく・・SINGLEの面々だ。爽達は、驚いて目を丸くする。 彼方は朗を自分の横にまで来るように促して、朗の肩にぽんっと左手を置いて、 「今日からここで働いてもらうことになった朗くん達だよ、仲良くしてね!」 爽達は、いきなりのことで、頭がついていかなかった。そこにちこと花梨が彼方の荷物を持って現れる。 「ちょっと!あんた、颯爽と帰るんはええけど、荷物ぐらい持ったらどうやの!」 「ま、まぁ・・店長さんは病み上がりですし・・」 COLORに全員が舞い戻ってきた。一旦、どれくらいぶりだろう・・そんなに日は経っていない筈なのに、 ここにいる全員が、何だか安心する気持ちを感じた。 「あ、何やの?あんたら、もう今日から働くん?」 ちこは彼方の荷物を店の端に置くと、朗に話しかけた。ちこと花梨は、彼方に既に事情を教えられているようだ。 「ちょ、ちょっと待ってくださーい!何故彼らがここに来るのですかー!」 ケニーは、すっと立ち上がり、謎をぶつける。彼方も回復し、もう代理店長の必要も無い。 それ以前に、ここで朗達が働くことを・・“京鷹”自身がどう思うか。 どう考えても“YES”の答えが返って来るなどとは到底考えられない。 「店長さんが、朗さん達のお店を買い取ったんですよ」 花梨は両手を合わせて、柔らかな笑みを浮かべながら、そう言った。 朗達を縛っているのはSINGLE・・そして、その裏にある土地や借金。 担保であるSINGLEで京鷹の元、莫大な借金の返済まで働き続ける・・それが朗を縛っていた。 「なら、その借金を返済すればいいわけでさ」 彼方は笑顔でそう言う。その返済を彼方が肩代わりし、このCOLORで働き、彼方に返す。 それを条件に、SINGLEからCOLORへと移動させたのだ。 朗は、肩におかれた彼方の手を逃れ、一歩前に出た。 「俺はお前らに嫉妬してた。ただ金を稼いで、自分の好きなように・・自由に生きるお前らに。 金を稼ぎたい気持ちの強い俺が、何でお前らに勝てないのか・・ようやく気づいた気がする。 まだ未熟な俺らだが・・どうか宜しく頼む」 あの自信家の朗が、自ら頭を下げる光景は、爽達を圧倒させるのに十分だった。 爽達は顔を見合わせ、自然と笑顔になる。 「まあ、キミも僕ほどのホストになれるかはこれからだろうし、頑張りたまえ」 爽のいつものナルシストぶりも、ここへ来てやっと帰ってきた気がする。 爽がそう言いながら、朗の手をとろうとすると、 「・・・・頑張れ」 何時の間にかその役目は仁が奪っていた。仁は朗と握手しながら、一言呟くとソファに座る。 行き場のない爽の左手がむなしく残るのを、そこにいる全員が笑った。 こうして、COLORは温かさを取り戻し、心機一転で、立ち直っていった。 →第一章 End |