事件の発端



「だ、大丈夫ですか、皆さん!」

花梨は、ちこの連絡で店長の下から一旦離れて、店へと戻ってきていた。

花梨が話しかけても、全員が口を割ろうとはしなかった。

沈黙の時間が凄く長い。

「・・・・・あっ!」

沈黙を破ったのは、爽の一声だった。

今まで黙っていたのは、単に自分があの乱闘場面で出て行くことが出来なかったことが、

情けないと感じているのではなく、何か引っかかることがあったからだった。

その“引っかかり”をどうやら、今理解したようだった。

爽がその事を口にしようとした時、COLORの戸が開く音が聞こえた。

「・・・・・・・」

はぁはぁと息も絶え絶えの状態で、現在の仮店長、朗が入ってきた。

かなり急いでいたのか、よたつきながら、爽達のいる場まで歩いてきた。

「・・お前ら」

朗は、海斗やケニーの傷をすでに知っていた。乱闘があったことも耳にしていた。

それは単に今COLORの仮店長をしているからでも、ちこから連絡を受けたわけでもなく・・。

「あんた、随分気に入られてんだな」

海斗は朗の方を見ずに、そう発した。朗は言葉を詰まらせて、ぐっと握りこぶしを両手で作り、俯いている。

爽は静かになったこの一瞬を見逃さずに、先ほどの自分の発見を今かと話し始めた。

「あの襲われていた女性は・・以前、海斗にナイフを突きつけた女性だったね」

それは数日前、海斗への嫉妬から起きた一人の女性の事件。

海斗にナイフを突きつけようとした女性を朗が庇い、 一筋の傷を負ったもの。

爽に関しては、「あの時彼女を止めた僕の凛々しさ」しか頭にないが、 これが今回の事件の発端でもある。

「その女性を襲わせてたのは、紛れもなく京鷹の仕業やろなぁ」

いきなり関西弁での台詞が聞こえたかと思うと、

いつのまにかちゃっかりとCOLOR達の傍の椅子に座って、お茶を飲んでいる拓美。

いつの間に?!と驚くちこを抱きしめながら、ちこは可愛いなぁなどと呑気に呟いている。

「だぁーー!何やってんねん!そもそも、京鷹の仕業とか前に事件起こした女性がどうやとか一体なんやねん!

あんたら、 分かってるんやったら説明しーや!」

ちこはバンッ力強く、机を叩いた。自分自身の周りで一体何が起こっているのか、

身近にいて理解出来ていないことが悔しく感じていた。

花梨は、ここ数日彼方の入院につきっきりで、そんな事が起きていたんだと・・口を挟めずにいた。

そこへ、またカラカラッと店のドアが開く音がした。黙って立っていた朗の体がびくっと反応する。

「まだ店を開けないんですか?それとも、もう店じまいってとこですかね」

“京鷹 秀弥”

その丁寧な口調からは想像もできない、敵わない相手。

この静かな雰囲気から一気に緊迫していた雰囲気へと変わる。

極道と関わるなど、今までにあった人間などここにはいない。

「君達が彼女を助けたんですね。ご苦労なことで」

秀弥は、海斗とケニーを一瞥すると、そう呟いた。朗は秀弥が隣に立ち、微動だに出来ずにいる。

秀弥の投げかけの言葉に誰も何も発することもなく、沈黙の渦が渦まいていた。

「帰りますよ、朗。・・ああ、そういえば“ここ”の仮店長でしたね。

でも顔に傷を負った彼らが仕事は無理でしょう。 開くのはSINGLEだけにしてはどうですか?」

秀弥は、COLORのメンバー達に背を向け、朗と反対方向に向いて話しかける。

朗も秀弥も、お互い顔を見合わせることがない。

「分かってますね。納入の期日は一週間後です」

そう後に付け足した秀弥の言葉は、朗にしか聞こえていなかった。

帰ろうと足を進めてより一層、朗に秀弥が近づいた一瞬に そう告げた。

朗は握りこぶしを強く握り締めたまま、出て行った秀弥の後を追うように、その場を立ち去ろうとした。

「借り、コレで返したから」

海斗は右手で朗の腕を掴み、左手で顔の傷に貼っていたガーゼを外した。

「あの女、助けたのもこの前の“借り”これで貸し借りなしってことで」

海斗はそう言って、朗の腕を放すと、先に店を出て行った。その後に、朗もとぼとぼと続く。

ちこははっ!として、あいつ病院に連れていかなあかんねん!と花梨と共に、海斗を捕まえる為に颯爽と走り出していった。

「い・・一体何が起こってるんだい、ケニー」

事の流れが早過ぎて爽にはついていけていなかった。

ケニー自身もかろうじて理解しているぐらいで、多分全てを理解しているのは 海斗なのだろうと感じていた。

そして、もう一つ・・

「・・この人、知ってる」

「ちょっ・・キミいきなり起きた思たら、何、人の腕掴んでんねん」

仁は寝起きなのか、半分目を開けて、拓美の腕を捕まえている。

どうやら爽達がぼーっとしている間に逃げようと考えていたらしい。

そうは問屋がおろさないとばかりに、爽が拓美に問い詰めた。

「僕はこのCOLORのNo.1ホストだからね。事情はくわしーく知っておいた方がいいと思うんだよ」

いつものナルシストとはちょっと違うのは、 ちこと同じく状況を自分が把握できていないのがたまらなく腹が立つからのようだ。

「さあ、話してクダサーイ!話すまでhomeには帰れませーん!」

こうして拓美は、爽とケニー達に、自分が知っている限りを引き出されてしまうのだった。



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