予測なきトラブル



COLORとSINGLEの合同ホストは、結構な評判を呼び、他のホストクラブの常連が どんどんと流れ込むようになっていった。

客もどんどん増え、何人もの女性を 一度に相手せねばならないこの状況に、

あまり納得のいかないのはCOLORのメンバーだった。

「全く・・皆、僕が美しいからって指名しすぎだよ」

爽は走り回って乱れた髪を戻しながら言う。

でもやはり、納得のいかない点は爽も感じていた。

「でも何だか一人の女性をちゃんともてなしが出来ないっていうのは、この心麗しい僕にとって 痛いことなんだけどね」

客が多くなればなるほど、指名をされてもすぐその客の元へつくことが出来ないのが現状だった。

一人の相手と出来るだけ長くいることがCOLORとしての魅力の一つであるのに・・

だが、朗が店長で ある以上はこの状況は変わらない。



カランッ

静かに店のドアが開く音が鳴った。ちこは清算に並ぶ女性客で手一杯でそれに気づかなかった。

入ってきた客は、黒い帽子を深く被り、服も全て黒で統一されていた。

黒い長いスカートをはいており、女性 であることは間違いない。

客はすっとレジを通り過ぎて、そのまま店内へと足を進めていた。

女性の向かう先は決まっていた。見据える先も、すでにその人物しか見えていない。

「海斗は可愛いわねぇ〜」

ほろ酔い気分の女性客が、海斗の腕を引っ張っている。海斗は客の手をどけると、

「悪いけど、次の客いるから」

と立ち上がったその時だった。

目の前に、先ほどの全身黒で決めた女性が海斗の目の前に立っていた。

その女性は両手で何かを握っていた。それは銀色に光る真新しいナイフだった。

「・・・・・!」

「・・・・・・海斗っ!」

女性が何か言葉を発したが、海斗には聞き取ることが出来なかった。

それは、自分の名前を呼ぶ、誰かの声と重なったからだ。

“キャー!!” “いやぁーー!!”

店内が悲鳴とざわめきで揺れ動く。

ちこも何事かと店内へ足を運んだ。

周りの客も、動揺を隠せず、動くことも出来なかった。

「・・・・・・って」

海斗は床に倒れ、そのすぐ傍でには朗が右頬を押さえながら、座っていた。

女性のナイフは、朗の頬に一筋の赤い血を滲ませた。

女性は、朗の顔を傷つけたことに 恐ろしくなり、震えたままだった。

だが、この状態で後に戻れないと感じたのか、もう一度ナイフを振り上げた。

パシッ

女性がナイフを振り上げた手を、爽が掴んだ。 いつものナルシストの爽も、今回ばかりは顔つきが真剣であった。

女性が爽から手を離そうと力を入れても、びくともせず、最後にはナイフを床へと落としてしまった。

落としたナイフはすかさず、ケニーが拾い上げた。

「美しい僕は、こういう美しいものを傷つけるものが嫌いでね」

爽はそう言って、女性の手から自分の手を離した。

女性は、涙を浮かべながらぺたんと座り込んでしまった。

一瞬、店内が静まり返ったかと思うと、どこからともなく、

奥からぞろぞろと束になって店内に向かって歩いてくる音が聞こえ出した。

(来よったか・・・)

それまで、ソファに座ったまま、怯える女性客を落ち着かせていた拓美がそう、小さく呟いた。

その拓美の座っているソファを黒服のスーツの男達が通り過ぎる。

その黒服のスーツの男達の前を一歩先に歩く男は、 拓美の方へ、一度目を向けたがすぐに前を見据えて歩いていった。

その顔はピンと一筋立っていて、綺麗な顔立ちという方がしっくりくる。

その男は、従える男達を、まだ泣いている先ほどの女性を介抱するように、顔で指示を出し、 自分は朗の前まで歩いた。

「・・秀弥」

朗がゆっくり立ち上がって、その男の名前を発した。秀弥と呼ばれた男は、何も言わず、朗の傷ついた頬に手を当てた。

「・・って」

秀弥の手が、傷に当たり、思わず痛みの言葉を出す朗。それを見て、秀弥は振り返り、黒服の男達に言った。

「その女性を丁重にお帰しします。早く用意を」

その言葉には、丁寧であるものの、少々苛立ちの感情が混じっているようでもあった。

黒服の男達は、すぐに女性を立たせると、寄り添うよう、店を後にしようとした。

「ちょ、ちょっと君達。何者かは知らないけど、勝手な行動はやめてもらいたいね!」

全く自分の存在を無視するかのように、去ろうとする彼らに、爽が意を決して、言葉をかけた。

「言いましたでしょう。彼女を丁重にお帰しするんです。

貴方方は、今いらっしゃるお客様のことをお考えになったらどうですか?」

笑顔でそう返されては、爽も、“うっ・・”と言葉に詰まってしまった。

確かに、秀弥の言う事には筋が通っている。 そうして、秀弥は颯爽と店を出て行ってしまった。

「・・・・・・・・・・・。」

海斗は無言で、立ち上がり、スーツについたゴミを両手で払った。

「・・おい、言っておくがお前を助けたわけじゃないからな」

朗が海斗に向かって、そう言葉を投げかけた。先ほどの女性の一件での話であるらしい。

海斗は別段、言い返そうともせず、ただ黙って聞いていた。

「俺は今、代理店長だからな。お前らに怪我でもされたら面倒なんだよ。この借りはいつか返して貰うぜ」

朗はそう言うと、その場を去っていった。

朗の姿を見て、優は遠くに隠れていたものの、一度入り口で一礼し、朗の後を追っていった。

取り残された客は今だ呆然と放心状態である。爽やケニーは、どうしようかと二人で顔を見合わせた。

「はいはい、じゃあ今日はこれでお開きっちゅうことで」

その状態をいち早く解決しようと動いたのが、拓美だった。

両手をパンパンッと二度叩き、店内に響き渡るよう大声で叫んだ。 その顔は笑顔であった。

「悪いんやけど、今日はこれで店閉めさせてもらうから、もう遅いし、皆気つけて帰りや」

客にひたすら謝りながら、拓美は女性客を店の外へとエスコートした。

そんな拓美を目にして、爽、ケニーも一緒になって、 手伝う。

やっと全員を帰したところで、全員がロビーに集まり、ふぅとため息をついた。

「いや〜・・えらい大変やったなぁ・・ホスト業って案外狙われるんやな」

拓美は冗談まじりで、この場を和ませようとそう話した。

だが、全員が表情が曇ったままだった。

「ねぇ、聞きたいんだけど」

その中で、今まで黙っていた海斗が拓実に質問を投げかけた。拓美は“何や?”と聞き返す。

「あの男達、一体何者?」

泣き崩れる女性をいとも簡単に、店外へと連れ出した彼ら。

まるで、こういうことには慣れているんだといったような態度で 店を去っていった秀弥と呼ばれる男。

海斗は、拓美が彼らと関係がある・・というよりはSINGLEと関係があることに、気づいていた。

そして、その関係は決して良いよ呼べるものでないことにも。

「あぁ〜・・・そいつにはあんまり触れんといてほしいねんけどなぁ・・」

拓美は右手でぽりぽりと頭を掻きながら、諦めたかのように、ゆっくりと話し始めた。



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