予兆



午後7時。COLORの店内はいつも以上の女性客で溢れていた。

それもそのはずで、人気店COLORとそのNo.2を誇るSINGLEが再び同時に営業ともなれば、

揃って足を運ぶ女性客も増える。普段、最下位で相手をすることの少ない爽も、

SINGLE常連客から物珍しいと指名を受け続けている。

上機嫌なホスト達と相反して、レジでは一人ふてくされたちこがいた。

「チーコさん、顔怖いデース」

ケニーが休憩を見計らって、レジまで足を運びにきた。

ケニーの姿を見て、ちこはやはり むすっとしたままだった。

「別にウチは女の子の相手せえへんから、怖くてもええんですー」

ちこはそう言いながら、店内をちらっと見た。

そこには、ちこの兄の拓美が女性客を相手にしている姿があった。

「ほんまに、ありえへんわ!!」

それを見て、両手でどんっとレジ台を叩くちこ。ケニーはびくっと後ずさりした。

「おいおい、壊すなよレジ」

何時の間にか、朗がスーツのズボンに手を突っ込んでレジの傍で立っていた。

ちこの行動を見て、レジが壊されると感じて、注意を促しにきたらしい。

「あんたに命令される筋合いなんてない!大体、何、人の兄貴を雇ってんねん、あんた!」

「見込みのあるやつを雇っただけだろ?むしろ、あいつの方から雇ってくれって言ったんだぜ?」

そう、拓美はSINGLEのホストとして働いていた。

その事実を、ちこは開店間際に初めて耳にした。

--2時間前--

「は?」

「“は?”やなくて、俺もやるから、ホスト」

ちこが開店準備をやりながら、拓美がホストとして、店を手伝うと言ってきた。しかも、本人はノリノリで。

「何言ってんの?!ホスト経験もない人間が、いきなり出来るわけないやろ・・!」

いきなり兄の訪問でただでさえ、怒りに満ち溢れてるちこに対し、拓美はそれとは全く正反対に笑顔のままだった。

「それなら心配ない」

二人の会話に介入してきたのは、朗だった。

朗の口から話される真実は、ちこの怒りを最大限にすることが容易いほどの内容だった。

大阪から妹を探しにわざわざ、東京に上京してきたはいいものの、 多くのホストクラブを探し回るのも大変であり・・

特に自分が男であるぶん、ホストクラブに足を運ぶというのは周りの目からしても、違和感を覚えざるを得ない。

そこで・・

「SINGLEに一番先に訪問させてもらったんやけど、そこでスカウトされてなぁ〜。面白そうやから、なってみたv」

ホストクラブの人間ともなれば、視察に来ているなどの理由で容易に説明がつく。

「SINGLEの新メンバーって・・拓兄やったん・・?」

優が新メンバーで頑張る!と言っていた言葉を思い出し、まさかとは思っていたが、ちこには耐え難い事実だったらしい。

案外、身内がにこやかに女を口説いている姿は恥ずかしいものがあるようだ。

「言っておくが、こいつだけが新メンバーなわけじゃないぜ?」

SINGLEは以前に負けたショックから、一斉にホスト入れ替えを行ったらしい。

その中の、一人として拓美は入れられたのだった。

その新しいSINGLEを担うホスト達が、 COLORにどれだけ通用するかどうか・・それを確かめるという理由も、

今回、朗が代理店長を 引き受けた中に含まれている。



「ほんまに・・・耐えられへん」

二時間前の話を思い出しながら、現在女性客に囲まれている兄の姿を見るのは、

ちこにとって 辛いものがあった。

「時として人は常々変化するもの・・」

「うわっ・・!」

いつのまにかケニーと朗は客の相手に行っており、

傍にいたのはマントのような銀色のような布をはおった女の人がちこの傍に立っていた。

「あ・・・い、いらっしゃいませ?」

ちこは営業スマイルを相手にぶつけてみたが、無言の状態が続く。

ちこが耐えられず、何か言いかけようとした時、

マントの女性はすっと二つ折りにされた 白い紙を差し出してきた。

「え・・?何ですかこれ・・?」

素直に受け取ったものの・・相手からの言葉は一切ない。

女の人の表情から何か読み取ろうにも、フードを深く被っていて、それも出来なかった。

そして、女の人はそのまま何も言わずその場を去っていってしまった。

「い、一体何なん・・あの人」

ちこは手にある白い紙を見ながら呟いた。そして、そっとその白い紙をゆっくり開けてみた。

そこには、

“気をつけるは 西の訪問者より 東の訪問者”


と達筆な字で記されてあった。

「西の訪問者て・・・拓兄・・?」

ちこは咄嗟に拓美の方を見た。今だ、女性客を両側に抱え、笑顔を振りまいている。

「だとしたら・・東の訪問者って誰なんやろ・・?」



「あ、占術師さん・・!」

花梨は、席を立ってフードを深くまで被った女性を彼方の病室へ招きいれた。

「あ、その人がよく当たる占い師さん?」

彼方は、よっこらせと寝ていた体を起こしながら言った。

髪を束ねていないため、さらさらと肩にかかるのを後ろへとやりながら、扉の方を見た。

すると花梨が、彼方の方を見て、

「はい!私いつもお世話になっているんです。あ、それで・・占術師さん・・例の件なんですけど」

花梨は、最後の方は彼方に聞こえないよう小声で、話した。

彼方は少し、不思議に感じたものの・・二人で話したいことがあるのだろうとあまり気にも留めず、

その間、 近くの本に手を伸ばし、パラパラとめくっていた。

「ちこさんに助言の方、占って頂けましたか・・?」

花梨は、小声でそう聞いていた。

彼方から、臨時店長が朗と聞かされてから・・COLORの皆が大丈夫かどうか不安だった花梨。

彼方の傍で付き添いをしている自分が、出来ることは一体何なのかと考えたところ・・

占術師による助言が一番良いと判断したらしい。

「受け止めるのは運命(さだめ)受け止めないのもまた運命(さだめ)」

占術師はそう花梨に投げかけた。

花梨はいつものごとく、占術師の言っている全てを理解することは出来なかったものの、

優しい口調や 今までの付き合いより、ちこに助言が伝わったことを確信した。

「あ!そうです・・!店長さんも占って頂けないですか?」

花梨の発言に、彼方は驚いたものの、本を閉じてこう言った。

「それは嬉しいなぁ〜。良かったら占って貰えませんか?

貴女みたいな綺麗な人に占って貰えるのは 滅多にない機会ですし」

ホスト特有の(彼方自身は無意識の)笑顔で、占術師に向ける言葉。

占術師は、そんな笑顔に何も感じないまま、彼方の傍まで歩いていき、彼方の顔の手前に手をかざした。

花梨はドキドキしながら、後ろの方でその様子を見守っていた。

2分ほど経ち、占術師がかざしていた手を元に戻した。

「身を包むのは破滅。身を晒すは成功」

とそれだけ言って、占術師は彼方の病室を去っていった。

彼方は一体何だったんだろうと 動けずにいると、花梨が傍によってきて、

「店長さん、着ぐるみもう着ないようにしましょう・・!」

と延々と彼方を説得する花梨が、その後ずっと病院では見られたらしい。



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